握手会当日、予想以上の人が集まった。そのため、予定では1人のファンがメンバー全員と握手できることになっていたが、1人が握手できるのはメンバーの1人だけに変更された。そうすると、並びが蒼希彼方、土門、碇、俺の順だった所為で、蒼希彼方に握手を求める奴が多かった。
・・・そう、あくまで並びの所為だ。何てたって、俺と蒼希彼方は互角の――。
少しイラつきながら、そんなことを考えていたが・・・。一瞬どうでもよくなった、1番奥に居る俺の目の前に立った奴を見た瞬間。
「流智さん。」
「あ・・・・・・。ちゃん・・・?」
「覚えていてくださったんですか・・・?!!」
「もちろん。自分を応援してくれている人を忘れるわけがないよ。それに・・・、印象的な出会いだったからね。」
当然、エンジェルサイドで、俺は目の前の相手と握手をした。コイツもまだ約束は忘れていないらしく、そんな俺に合わせて話を続けた。
「たしかに・・・。そうかも知れませんね。・・・・・・でも私、あのとき、名乗りました??」
「いや・・・。でも、お友達にそう呼ばれていたから。・・・もしかして、間違ってた?」
「いえ!合ってます!私、って言います。」
「ちゃん、か・・・。・・・って、『ちゃん』なんて、親しげに呼びすぎたかな??」
「そんなことないですよ!名前を呼んでいただけるなんて、とても光栄なのに・・・。わざわざ呼び方に文句つけたりしません。」
「そう?・・・ありがとう。」
「とんでもないっ!お礼を言うべきは、こっちです!!ありがとうございます。」
「ところで。今日もお友達と来たの?」
「はい。相変わらず、友達は蒼希さんの所に並んでますけどね。」
「でも、ちゃんは僕の所に来てくれたんだね?」
「当然です。だって、前から私は流智さんのファンなんですから。」
「嬉しいよ、ありがとう。」
「私もまたお会いできて、嬉しいです。でも、そろそろ行きますね・・・・・・。」
「もう行っちゃうの・・・?」
「他のファンの方々に迷惑だと思うので・・・・・・。」
「大丈夫。どうせ、彼方の所が時間かかるだろうし。それに、ちゃんのお友達も、きっとまだまだ終わらないよ?」
「でも・・・・・・。」
「それとも。もう僕と話すのは嫌なのかな・・・?」
少し寂しそうな顔をしながら力を緩めかけていた彼女の手を、俺は強く握り返しそう言った。
今思えば。コレは、エンジェルサイドだからこその態度だったのだろうか。それとも・・・・・・。
「そんなはずは・・・!でも・・・、本当にいいんですか??」
「せっかく来てくれたんだから。もう少し、ちゃんと話していたいな。」
「あ、ありがとうございます・・・・・・。やっぱり、流智さんは素敵ですね。」
「そうかな?でも、ありがとう。」
「本当、素敵で・・・・・・だからこそ、今日は少し寂しくも思います。」
「どうして?」
「だって・・・・・・、その・・・・・・。どちらも素敵だと私は思うので。」
言いにくそうに『どちらも』という言葉を使ったということは。当然、エンジェルサイド・ルシフェルサイドのことを言っているのだろう。
「そういえば。その約束は、ちゃんと守ってくれてるみたいだね?」
「当たり前ですよ。約束ですから。」
「ありがとう。」
「いえ、こちらこそ。・・・・・・あの、流智さん。もし、別の場所で偶然お会いすることがあったら・・・、今日とは違う方を見せてくださいますか?・・・って、すみません!!調子に乗ってますよね、すみません・・・!」
「・・・・・・そうだね。むしろ、そっちの方が楽だから、心配しなくてもそうなると思うよ。」
「え・・・、本当ですか・・・??」
「うん。だから・・・僕もそんな機会があることを楽しみにしてるね。」
「あ、ありがとうございます・・・!それでは、今日も本当にありがとうございました!」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。また会おうね?」
「はい、ぜひ!それでは・・・・・・。」
アイドルらしく、そう言いながらも、少し別れを惜しむようにゆっくりと手を離した。
でも、本当は・・・・・・。
無事に握手会を終え、俺たちは控え室に戻ったが・・・。何だか、俺は頭がボーッとしたまま、力が抜けたように椅子に座り込んだ。
そこに、碇がやって来て、俺の隣の椅子に腰掛けた。
「流智さん。何か、1人の子とやたら長く喋ってませんでした??」
「あ?・・・気の所為だろ。」
「いや、そんなことはないと思うんだけど。たしか、『また会えた』というような話を・・・・・・。」
「あぁ、ソイツのことか。アイツは・・・知り合いなんだ。」
誤魔化しきれそうにないと悟った俺は、碇に適当な説明をした。それに対する碇の返事に、俺は本気の言葉を返した。
「やっぱり!あの子、JKでしょ?!紹介してよ!!」
「誰がお前なんかにするか!!!」
「ズルイ、ズルイー!」
ふざけているのか、本気なのかはわからないが。・・・・・・いや、本気か。
とにかく拗ねてみせる碇を、また俺は無視せざるを得なかった。
俺はアイツを、こんな変態野郎に取られたくない、汚されたくないと考えてしまった。・・・・・・俺も、どうやら本気になってしまったようだ。
それから、俺は彼女のことが頭から離れなくなっていた。気が付けば、アイツのことを考えている時間が増えていた。
握手会など、ファンと直接触れ合う機会は、そうそうセッティングされるもんじゃない。と言うか、されたとしても、俺は困る。中には、碇みたいな奴も居るだろうから、他の奴らはどうか知らねぇが、少なくとも俺は疲れる。
だが、アイツのことを思い出すと、それでもいいから・・・と考えてしまう。あるいは、街を歩いていても、アイツの姿を探してしまう。
会いたい。
・・・・・・俺も馬鹿なことを考えるようになったもんだ。いや、考えたと言うより、自然とそう思ってしまったとも言えるが。
そんな俺は、初めてアイツと出会った場所に向かった。
もし、アイツもまた俺と会いたいと思ってくれたのなら、ここに来るかも知れない。
俺はいつも通り、関係者用の出入り口から入り、一般用の出入り口の近くへと向かった。そして、俺は念の為、出入り口側からは見えないような位置に立っていた。
・・・・・・まぁ、こんな所に来ても、有名人に会える確立は極めて低い。だから、普通は滅多に見つかることもないだろうが。・・・・・・その理屈からすれば、アイツだって来るわけがないのに。
本当に何をしてるんだか、と自嘲しかけたとき、意外にも後ろから声をかけられた。いや、意外ではないな。むしろ、前からは見つかる可能性が低いのだから、そっちの方を心配するべきだった。
「あら、流智くん。そんな所で何してるの?」
「先生っ!・・・・・・今日は休みなので、みんなの頑張っている姿を見に来たんです。」
「それなら、こんな所に居ないで、中に入ったら?」
「いえ、いいんです。みんなの邪魔はしたくないので。」
「まぁ・・・!流智くんったら、本当優しいわね〜!でも、心配しなくていいのよ?流智くんが邪魔になるわけないんだから。」
うるせぇ。放っといてくれ!今、俺にとっては、お前が邪魔なんだよ!!お前と話している所為で、アイツを見逃したらどうするんだ?!
そう思った俺は、目の前の奴の提案に遠慮するかのように振る舞いながら、さり気なく出入り口の方へと目を遣った。
・・・・・・まさか。
「ちゃん・・・?!」
「わっ!流智さん??!」
「流智くん、どうしたの?知り合いの子??」
俺が彼女の方へと駆け寄ると、後ろからソイツもついて来やがった。コイツをうまく撒くには・・・・・・。
「実は彼女、最近事務所に入ったばかりの後輩なんです。今日は、どうやら見学に来たみたいですね。なので、先生。特別に彼女を案内してもいいですか?」
「う〜ん・・・・・・難しいわねぇ・・・。」
「やっぱりダメ、ですよね・・・・・・。後輩の役に立ちたかったけど・・・・・・。」
「!!・・・し、仕方ないわね。特別よ?」
「本当ですか・・・?!ありがとうございます、先生!ここに居たのが先生、貴女のような優しい方で助かりました。ほら、ちゃん。ちゃんからもお礼を言って?挨拶は基本だよ。」
「え・・・・・・あ、はい。そう、ですね・・・・・・。先生、ありがとうございます。次、レッスンに来たときは、どうぞ宜しくお願いいたします。」
「わかったわ。でも、他の人の迷惑にはならないようにね?」
「はい、わかりました。それでは、失礼します。・・・行こうか、ちゃん。」
「は、はい!・・・先生、本当にありがとうございました。失礼します。」
そう言って、俺は少し急ぎ足で中へ入って行った。後ろから、少し慌ててついて来る足音を聞きながら、俺は目的の場所へ向かう。・・・あそこなら・・・・・・。
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本当は、前半の握手会の部分と後半のスクールでの内容を、まとめて1話にする予定だったのですが・・・。流智さんがさんと離れたくなかったようなので、握手会が長くなってしまいました(笑)。
そんなわけで、あと1話ありますが、良ければ次回の最終話にもお付き合いいただければ、と思います。
そういえば。読み返せば、今回の話はほとんどエンジェルサイドでしたねぇ〜(笑)。前回と次回はルシフェルサイドの方が多いですかね。・・・そういう意味では、こういう分け方も良かったのかも、と言い聞かせておきます(←)。
('10/04/08)